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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)5079号 判決 1981年4月16日

原告

山本虔一郒

被告

今淵イト子

右訴訟代理人

井上四郎

井上庸一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  東京簡易裁判所昭和五一年(ハ)第二三二六号室明渡請求事件について昭和五二年二月一日の第四回口頭弁論期日においてなされた和解が無効であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の家屋を引き渡せ。

3  被告は、原告に対し、金四〇万円及び昭和五二年九月一日より右引渡しずみに至るまで一か月金五万一〇〇〇円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、原告との間で、昭和四九年一〇月五日、原告に対し別紙物件目録記載の家屋(以下、本件家屋という。)を賃貸する旨の契約を締結した。

2  原告は、右賃貸借契約に基づき、本件家屋に居住していたところ、被告は、昭和五二年六月二四日、請求の趣旨1記載の和解の和解調書に基づき、原告に対し本件家屋明渡の強制執行をした。

3  しかし、請求の趣旨1記載の和解は、次の理由で無効である。

(1) 東京簡易裁判所昭和五一年(ハ)第二三二六号室明渡請求事件の被告は架空人物たる山本慶一郎であつて、本件の原告ではなく、本件の原告は右事件の当事者ではない。

(2) 仮に、原告が右事件の当事者であるとしても、原告は、昭和五二年二月一日、右訴訟関係書類が原告の居住していた本件家屋に送達されたことにつき、東京簡易裁判所に抗議のため赴いたところ、裁判官から和解勧告を受け、右勧告を拒否したにもかかわらず、裁判官は、原告の意思を無視して、ほしいままに和解手続を進めた。したがつて右和解は、原告の意思に基づくものではないから、当事者の合意がない無効のものである。

4  被告は、前記強制執行当時、右3(1)又は(2)の事実を知つていたか、容易に知り得る状況にあつたのに、あえて右強制執行に及んだのである。

5  原告は、前記強制執行を受け、本件家屋を退去するのやむなきに至り、昭和五二年九月一日から原告の現肩書地において住宅を賃借したが、そのため契約金等に金四〇万円を支出し、賃借時から現在に至るまで賃料として毎月金五万一〇〇〇円を支払つている。

よつて、原告は、請求の趣旨1記載の和解の無効確認を求めるとともに、被告に対し本件家屋賃貸借契約に基づき、本件家屋の引き渡しを求め、かつ、被告の右不法行為による損害賠償として、右出捐にかかる契約金等相当金四〇万円及び昭和五二年九月一日から右引き渡しずみに至るまで一カ月金五万一〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実は認める。

2  同3、4の各事実は否認する。なお、東京簡易裁判所で行なわれた前記室明渡請求事件の被告は本件原告である。同事件では当初被告の氏名は「山本慶一郎」と表示されていたが、右は「山本虔一」と書くべきところを誤記したものであつたため、第四回口頭弁論期日においてその旨訂正された。前記和解には、本件原告も出頭し、自らの意思に基づいて本件被告との合意に至つたものであり、そこには何らの瑕疵も存在しない。

3  同5の事実は知らない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因3の事実について判断するに、<証拠>を総合すれば、東京簡易裁判所で行なわれた室明渡請求事件における原告(本件被告)の訴訟代理人弁護士石原秀雄は、本件被告から、同人が所有していた本件家屋に当時居住していた本件原告の氏名を「山本慶一郎」と告げられたため、訴状に本件原告を表示するにあたり、本件家屋の所在地とともに「被告山本慶一郎」と記載して訴えを提起したこと、本件被告は、「虔」と「慶」、「」と「郎」が音や形態において類似又は同一であるため、本件原告の氏名の文字を右のように誤つて理解していたものであること、右訴状には、昭和四九年一〇月五日から本件家屋を賃借し、昭和五一年九月当時本件家屋に居住している本件原告に対し本件家屋の明渡しを求める旨が、その請求の趣旨及び請求の原因に記載されていたこと、右訴状は本件原告に送達されたこと、本件原告は右事件の第一回ないし第三回の各口頭弁論期日に毎回出頭し、そのいずれのときも右事件の訴状中の被告の表示について何ら異論を述べたことはなく、名義人を「被告山本虔一」とする答弁書及び準備書面を提出し、かつ陳述し、さらに右事件の原告申請にかかる証人今渕園子に対する反対尋問を行なつたこと、その間石原弁護士は、被告の氏名の前記誤記に気付かなかつたこと、昭和五一年一二月二〇日に行なわれた第三回口頭弁論期日終了後右誤記に気付いた石原弁護士は、昭和五二年一月一〇日付で訴状訂正申立書を作成し、本件原告の戸籍謄本を添付のうえ、同日東京簡易裁判所に対し右事件の訴状における被告の表示中被告の氏名が「山本慶一郎」とあるのを「山本虔一」と訂正する旨の申立てをしたこと、右事件の第四回口頭弁論期日(昭和五二年二月一日午後一時)において右事件の原告は右事件の被告の氏名を「山本虔一」と訂正する旨申述したが、本件原告は右期日にも右事件の被告として出頭していたにもかかわらず、これにつき何らの異議も述べなかつたこと、右第四回期日においては右事件の原告(本件被告)本人尋問の証拠調が行なわれる予定であつたが、当日裁判官から和解勧告があり、裁判官室において、当事者及び代理人(本件原告、本件被告、石原弁護士)が交互に和解案についての打診を受けた後、請求の趣旨1記載の和解が成立したこと、右和解条項第一項において本件家屋の明渡期日を右和解の日から約四か月後と定め、同第三項において右明渡しの際本件被告が本件原告に対し支払うべき立退料を金七万五〇〇〇円と定めたのは、いずれも本件原告が明渡しに応じるために述べた要望を裁判官が本件被告に取次ぎ、本件被告が譲歩した結果によるものであること、裁判官は和解手続をしめくくるにあたり、確認のため当事者双方及び本件被告の代理人であつた石原弁護士の面前で和解条項を読み上げたこと、右和解調書は、昭和五二年二月七日、本件原告に送達されたこと、以上の各事実を認めることができる。原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は前掲のその余の各証拠に照らし、たやすく信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、東京簡易裁判所で行なわれた室明渡請求事件の被告は、訴状の記載のうえからも、又右訴訟において被告として行動した者という点においても、本件原告であつたといわねばならない。右事件の訴状における被告氏名の表示の一部に前記のような誤記があつたことは前認定のとおりであるが、当事者確定の基準となる訴状の記載は、単に訴状における当事者欄の記載ばかりでなく、右訴状における被告名の表示の一部に前記のような誤記があつたことは前認定のとおりであるが、当事者確定の基準となる訴状の記載は、単に訴状における当事者欄の記載ばかりでなく、右訴状における請求の趣旨、原因をも総合して合理的に判断されるべきところ、右事件の訴状の全記載に徴するときは、右の程度の誤記は、本件原告が右事件の被告として表示されていたと判断することにつき何らの支障となるものではない。のみならず、右に認定したところの、本件原告が右訴状を受理してから本件和解が成立するまで被告として右事件に関与していた事実や、石原弁護士が右誤記を訂正する申立書を提出した事実をみれば、本件原告は、まさに右事件の被告として、右事件の訴訟手続の結果を帰せしめるに足る実質を備えているものである。そうしてみれば、本件の原告が右事件の被告であつたことは明らかというべきであるから、この点についての原告の主張は理由がない。

又、右認定の事実によれば、右事件の第四回口頭弁論期日において、本件原告は、右事件の被告として裁判官の勧解を受け、その意思に基づいて右事件の原告(本件被告)との間に請求の趣旨1記載の和解の合意を形成したものということができるから、右和解が本件原告の意思に基づかない無効のものであるとの原告の主張も理由がない。

三結論

以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はすべて理由がないことに帰する。よつて原告の請求をすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(大石忠生 寶金敏明 長井浩一)

物件目録<省略>

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